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2017年8月22日 (火)

29.08.21 京都 相国寺、京都御苑

29.08.22(火) 昨21日、大丸京都店の「オルセー美術館 至宝のリマスターアート展」と相国寺承天閣美術館の「禅林美術展」を観に行ったついでに、相国寺境内と京都御苑を撮ってきた。
 美術展をはしごするときはデジイチは持っていかないのだが、相国寺境内は意外に写欲をそそられるものがあり、また、京都御苑は百日紅を撮りたかったのでデジイチ持参。レンズは2.8/25mmのみ。

 相国寺では曇ったり晴れたりの天気で、変化があって面白かった。御苑ではピーカンだった。ここは午前中の方が撮りやすい。


※画像は右側がケラレて表示されていますが、画像を左クリックすると、ケラレのない拡大画像を見ることができます。all rights reserved.無断使用、無断転載お断り。



<相国寺境内>

 このお寺は京都の禅寺五山の第2。

 どういうわけか、松は伸びっぱなしで直立したものがありませんが、境内の手入れは行き届いています。(入山料無料。美術館は有料。)

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                        (今日はいちびってモノクロも織り交ぜてみました。)

 しかし、こういう幾何学的のものもあるのです。
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 そうかと思えば伏兵が随所に。
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 蓮はもうダメでしたが、芙容が一株咲き出していました。この時は曇ってくれて大助かりでした。

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<京都御苑の百日紅>

 百日紅は、「百日」とはいえ、8月も下旬ともなれば流石に花が古くなっていましたが、数少ない夏の色として撮ってみました。全般的に、午前中の方が光の回りがいいです。

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 次の2点は建礼門前です。
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 次の2点は、九條邸跡の拾翠亭。ここも午前中ですね。
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 このあと、いつもなら阪急の四条河原町まで歩くのだが、昨日はもうヘロヘロで、京阪の丸太町へ逃げました。15,000歩。

 丸太町橋から上流を。市内をこの規模の清流が流れているっていいですね。
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 で、美術展の感想。
① オルセー
  オルセー美術館展だの、印象派だの、ゴッホなどはよく展覧会があって見慣れているのですが、今回のは色彩、コントラストともにしっくりきませんでした。原画の年代を経たシックさが足りない印象でした。リマスターという微妙な作業は彼ら欧米人種には向かないのではないでしょうか。(展覧会は21日で終了。)

②禅林展
 禅というものが未だによく分からなくて、本を読んだり、昨春の京都国博の「禅」も観たのですが、それでも分からない。昔から多くの人々が魅了されてきたものであるので、何かあるのだろう、それは何かと思って観ているのですがちんぷんかんぷん。公案問答なんて、屁理屈であろうが何であろうが、先に言ったもの勝ち(それも、言い切るというか喝破するというか気合いが必要なようで。)みたいなところが見受けられます。
 拙者なんぞ、就職した時、先輩上司から、「小学校三年生でも分かる文章を書きなさい。」と言われ、ずっとそれに留意してきたのですが、公案問答は、俗に「禅問答」と言われる如くその内容が極めて抽象的でどうとでも取れる内容です。非常に主観的で、誰にでも分かるという客観性が無い。

 先の「禅展」では、過去の高名な?禅僧の墨跡や系譜ばかりで、禅て一体なあにということ説明もなく、ちっとも分からなかった。大体が、禅とはなんぞや、何のためにそれを行うのか?、それをして何になるの?、社会にどう役に立っているの?、なんでそんなに広大な敷地、装置が必要なのか?  壁があるだけではダメなのか? といった疑問に全く答えていないのです。俗人は相手にしない・ならないのでしょうか。

 そして展覧会といえば、ほとんど墨跡ばかりで、それも昔の人のばかりで、今を生きる禅僧の生の声が一切出てこない。以前読んだ「喰う寝る座る」を真剣に読んでおくんだったと後悔しますわ。(どこにしまったんだっけ。)

 数年前、この美術館で七類堂天谿画伯の道釈画展があって観たのですが、時にはユーモアも交じり、分かりやすい絵でありました。例えば、寝転んでいる達磨が薄目を開けて周りに侍る弟子たちを観察している、その中には菩薩さんがいて、これがまた美人。弟子逹は達磨を案じる者ばかりではなくてかの菩薩に目を奪われている者もいるという図でありましたが、これは、「おまえらホンマに分かってんのかいな。」という達磨の嘆き呟きが聞こえてきそうな絵で、たまたま在廊された画伯に尋ねてみると「正にその通り。」という答えでした。もっと言えば、結局のところ、「何年修行しようが、生物の本能に勝てる訳が無い。」という証左で、人間業から逃れることはできないと言うことができるのでは。となれば、禅の修行というのはただの「ごっこ」だと喝破するのは言い過ぎか。よう分からん。

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コメント

こんにちは~
空の青と緑とお花の赤
いい色が出ていますね。
相国寺はまだ訪れたことがありません。
6枚目が特に素敵ですね。
床もモミジや、青もみじはよく見かけますが
それに匹敵するような色合いの素晴らしい空間ですね。
京都御苑の百日紅は大きな木で見ごたえがありますね。

投稿: 彩 | 2017年8月22日 (火) 17時28分

彩さん

 6枚目のは承天閣美術館の館内の廊下です。スクエアになるように気を付けて撮ったのですが、まだまだ不十分でした。館内も境内も空いているので結構気ままに撮れます。

 京都御苑の百日紅は、もう遅かったですし、それに時間帯も午前がベターですね。昨日は朝からカミさんのお医者さんの順番とりや送迎で、出るのが遅くなりました。

投稿: ズボラッチ | 2017年8月22日 (火) 18時52分

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